才谷君のなんじゃそら!

2012年はいよいよ○○???
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陰陽
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    最近キリスト教界に病んでいる才谷です。

    私には、もう随分と長い付き合いのある友人がいる。彼は現在、尼崎のとある教会の伝道師をしているが、出会った当初はお互いまだ10代の頃だった。

    当時は、私もまだガチガチのクリスチャンで、将来牧師を目指しており、彼もまた同じ夢を持っていた。二人で

     『いつか、俺たちからリバイバルが起こったらこんな嬉しいことはないね。それを目指して頑張ろう』

    なんて言い合っていた。時間の流れが、お互いの経験が、そして神の悪戯(?)が、その二人の夢を引き裂いていくとは知らずに・・・

    やがて彼は高校卒業後、社会に出て教会で子供伝道の奉仕をしながら着々とその夢を実現に近づけていった。私は大学入学後しばらくして、それまでの輝いていたキリスト教界の裏側を目の当たりにし、自らもその渦中で大きな傷を作ってしまい、かつての希望を失う事態となっていったのだった。
     
     そして現在、彼は当初の夢を現実のものとし、生き生きと活動している。片や私は、進む目標を失い、否、その目標としていたものに対する憎悪を増し、それらに対して真っ向から立ち向かうものと変えられていった。

    一見、この二人の人生は対照的に明暗分かれているように見えるが、実際はそうではない。目標にぶれずに進んだ彼は、今幸せ一杯に活動しているし、私は私で大きく道を逸れたことに悔いは無い。むしろこれでよかったと思っている。

    当然、この二人の友情はそれまで通りに行くはずもなく、何度も何度もぶつかり、議論の火花を散らしあった。そしていつしか、親交も途絶えていくことになる。

    ところが数年後、ひょんなことから再会を果たし、お互い成長した大人としての交流が始まる。どちらも価値観は変わってはいなかったが、かつての険悪な空気は無く、お互いを認め合える仲になっていた。

    私は彼の真っ直ぐな表現に苦笑いをし、彼は私の吐く毒に困惑しているが、近頃この関係を妙に心地よく感じる。そりゃ、たまには彼の行き過ぎた『クリスチャン選民思想』にはイラッときたりもするし、私の『牧師と見ればすぐに噛み付く』ところには腹立たしさも覚えるだろう。しかし、これを『光と影』の関係に例えてみるならばどうだろう。

    彼は光。私は影。彼はキリスト教界の光を内外に証し、私はその影をとことん問い詰めていく。そしてその二つは表裏一体のものだと捉えたとき、何かストンと納得できるものがあった。私はこれでいい。彼もこれでいい。もし、この二人が何かの形で協力し前に向かって進もうとしたとき、もしかしたらかつて語り合った大きな夢が現実のものになるのかもしれない。

    と、薩長同盟的構想を考えてみるが・・・むっつかしぃもんだよ、これ(笑)
    | 才谷龍太郎 | なんとなく | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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