才谷君のなんじゃそら!

2012年はいよいよ○○???
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火の用心
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     火の元にはいつも注意しているつもりなのですが。ふと気を抜いたときに災害は容易に襲ってくるもんです。

     ここしばらく、私の周りではよく火災が起きています。昨年4月には、私の会社が被災しました。出火原因は特定されず、不審火として始末されたようです汗

     さらにしばらくして会社の会長宅がボヤ、それからまもなくして、知り合いの方のお宅が隣家火災の延焼に巻き込まれ、トシちゃんの店舗兼住宅も建設中に延焼の被害を受けてますしょんぼり

     
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    | 才谷龍太郎 | 真面目なお話編 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
    横綱の品格
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       朝青龍が引退しましたね。これを良かったと思う人は多いでしょうが、手放しでは喜べないでしょう。彼の故郷であるモンゴルの国民が、これを相撲協会の陰謀として反発してるようです。モンゴルのメディアは、どういう報道をしているのでしょうか?

       朝青龍は私の田舎、須崎市にある明徳義塾高校に留学。99年高砂部屋に入門。モンゴル相撲で鍛え、素質もあったのか、めきめきと頭角を顕して2003年に横綱に昇格しました。

       当時から、土俵の上でも外でも常識外れの言動が注目されていましたが、2007年に腰痛のため地方巡業を休んでいたはずが、モンゴルでサッカーをしていたことが発覚したときは2場所出場停止の処分を下されました。

       横綱として、これほどまでに言動が問題視された力士はいないでしょう。この国の国技としてのスポーツの頂点に立つ『横綱』という立場は、強さと紳士的人格が求められるはずなのに、彼は強さはあるのに紳士的人格が全くなかったのです。

       正直、私は彼が嫌いでしたが、それ以上に彼に対する相撲協会の態度がもっと嫌いでした。なぜあれほどに横綱としての品格がない人物に、はっきりとした処分を下せないのか。確かに、相撲界を盛り上げ、強さは格別なものをもっていましたが、その態度は目に余るものがありましたから、早く除名か引退勧告をしてくれればよかったのにといつも思っていました。

       私は別に外国人だからといって差別するつもりはありません。白鵬は朝青龍と違い、真面目で横綱としての品格に溢れた人物です。私は彼が好きです。この二人の違いは、力にはなく、やはり品格にあると思うのです。

       この辺のところを、モンゴルメディアは国民に伝えていないのではないかなと思わずにはいられません。角界の常識を覆すようなパフォーマンスをすることは悪くありませんが、人間として、横綱として、『品格』を持たない者は、力士として相応しくありません。
      | 才谷龍太郎 | 真面目なお話編 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
      イタさん
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         へぃ!いらっしゃい楽しい今日はいいマグロ入ってるよ魚

         …って、その板さんじゃなくてたらーっ

         先日、私のことをこのように形容されました。

         『板ばさみの板さんグッド

         そう、私は何かと人の諍いの仲裁に入ることが多いからです汗残念なことに、教会でも人間関係の拗れがあります。クリスチャンといえど、いろんな人の集まる組織だからこそ、それは当然のことかもしれません。

         その中に入って仲を取り持つというのは、そう容易いことではありませんし、下手すれば火の粉が飛んでこないとも限りません銃

         しかし、それは(教会に限らず)私の居る所でよく起こります。それを見ない振りはできません。他人事ではあっても、みんな同じ仲間ですから。私の願いは、みんなが仲良く一つ所で過ごせる環境作りをすること。そのためには、炎の中に入ることをも厭いません。

         ただ、『板さん』は私が望んで引き受けたことではないのです。頼まれてもいません。『板さん』は、私の役割なのです。やらなくていいならできるだけ避けたい役割です。私がそう思うということは、多くの方がそう思っていることでしょう。私がやらないのなら、誰がやる?いつもそう自分に言って聞かせます。

         そして『板さん』は、できる"人"がいると同時に、できる"時"があります。ということは、できない"時"もあるわけで、今の私はそれができるのです。それは、私自身が『平和』だからです。自分自身で精一杯な人が、諍いの仲裁をできるでしょうか。その人たちと一緒になって、諍いの炎を大きくするだけです。

         もちろん、私にも個人的悩みはあります。社会生活も楽ではありません。職場ではよく叱られ、ミスをし、疲れ果てて帰ることがよくありますが、それにも増して、心の内は平安に包まれています。以前はちょっとしたことでも信仰的にも精神的にもすぐに折れてしまうほどでしたが、今の私には大波も竜巻も大地震も恐くありません。実に不思議なことです(笑)

         自分が平和だと、周りがよく見えます。一人ひとりの表情も、心の状態さえ感じることができます。だからこそ、『板さん』が務まるのでしょう。私に与えられたこの役割、喜んで引き受けましょうぞYES!ラッキー
        | 才谷龍太郎 | 真面目なお話編 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
        信頼
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           信頼とは何でしょう?今日、ふと考えてみました。

           例えて言えば、重いガラスのボールでキャッチボールしているようなものでしょう。

           相手との(心的)距離が近く相手を大切に思っていれば、ボールは丁寧に下投げで、受け取りやすいよう投げることでしょう。

           相手との距離が遠ければ、重いボールは下投げでは届かず、上から投げれば相手は受け損じるか、球筋が逸れて落ち、割れてしまうことでしょう。

           距離が近くても相手を大切に思っていなければ、上から速いボールを投げてしまい受け取るのが難しくなるでしょう。

           信頼とは、相手を大切に思っているか、相手に大切にされているか、その相互関係が産み出す心のキャッチボールだと思います。
          | 才谷龍太郎 | 真面目なお話編 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
          昇じゃないよ、久彌だよ
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             森繁久彌さんが亡くなったと、先ほどニュース速報のテロップが流れました。

             円楽さんほどショックではなかったけど、俳優として知らない人はいないほどの有名人だった方ですから、残念に思います。

             お茶の間に愛される方がこの世を去るというのは悲しいものですが、一つの時代の終焉を感じさせ、また新しい時代の幕開けを感じさせます。

             森繁さんのご冥福をお祈りすると共に、その働きに敬意を表して感謝を申し上げます。



            お疲れ様でした。



            ありがとうございました。。。
            | 才谷龍太郎 | 真面目なお話編 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            己を省みる
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               最近、二人静や職場の人たちに

               『あんたの性格は,つい偉そうN笋燭ぁ 等と言われることが多いしょんぼり

               もちろん、自分ではそうは思わないし、これが自分だと思っているから、正直そのような発言は思いっきり心外だった怒り

               言われる理由は様々あるが、例えば仕事中に、お客さんや仕入先からの電話対応をしている時。

               私は、仕事は真面目にやらなくちゃ、という思いが強いのか、肩に力が入ってるみたいで、事務的に、淡々と必要最低限の会話で済ますことが多い。それがかえって『冷たい』『きつい』ように思われるらしい撃沈

               プライベートでは、逆に自分の存在をアピールするために、破天荒といえるくらい無茶するので、『偉そう』と思われるのか…いや、短気なのも一因だろうけどムニョムニョ

               だから、最近は少し自分を省みて、その辺を直さなければ・・・と思う。
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              | 才谷龍太郎 | 真面目なお話編 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |
              明日本番!
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                きもの検定

                 今日は部屋にカンヅメですしょんぼり4級とはいえ…プレッシャーです汗

                 これが『お茶検定』だったら張り切るのにな〜ニョロ

                | 才谷龍太郎 | 真面目なお話編 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |
                どうしようもない事
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                  故郷土佐の風景
                  人にはできないよね〜しょんぼりの巻

                   私の愛読書『福音はとどいてますか(工藤信夫・藤木正三共著、ヨルダン社、1992年)』の中に次のような断想があります。

                   
                  宗教の限界

                   どうにかなることをどうしようともしない、怠慢です。
                   どうにかなることをどうにかしようとする、当然です。
                   どうにもならないことをどうにかしようとする、無理です。
                   どうにもならないことをどうにもならないとする、諦めです。
                   どうにもならないことにそれでも寄り添ってくれる、慰めです。
                   そして宗教の本質はこれです。
                   ですから、宗教には慰めはあっても事態を改善する力は本質的にはありません。
                   それを期待するのは宗教に対する誤解です。宗教の救いは生活の面から見れば、十分なものでは本来あり得ないと心得ましょう。
                  (藤木正三 作)
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                  | 才谷龍太郎 | 真面目なお話編 | comments(4) | trackbacks(0) | - | - |
                  人生を考える
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                    自分の人生・他人の人生地球の巻

                     帰省してもなかなかゆっくりした時間の取れない才谷ですが、今回の帰省でもいろいろあってとても濃いGWを過ごしています汗

                     人生も四半世紀を過ぎ、自分のこと、友達のこと、家族のこと、教会のことや仕事のことなど考えることが増えてきましたが、このGWは『人生とは』ということについて深く考えさせられる出来事もあり、本当に自分の器の小ささや人生を生きることの難しさを考えさせられていますくもり

                     人の人生とは、一度きりです。それは神様が与えてくださった大きなプレゼントであり、偉大な挑戦であり、最大の魅力であると才谷は考えています。

                     神が与えてくださったこの『人生』とは、いったいどのようなものでしょうか?一度きりしかないこれを、いったいどのように生き、どのように考えていけばいいのでしょうか?

                     まず、『自分の人生』とは何でしょうか?人はこの世に生を受け、親やそれに準ずる大人に守り育てられて成長し、やがては社会の一員として人生を生きていきます。子どもの頃は保護者がおり、自分の失敗や悩み苦しみを背負ってくれるので必要以上に恐れや心配を感じずに生きることができます。それが保護者の義務です。しかし、社会人或いは成人に到達すると、人は自動的に己の人生に『責任』というものを背負わなければなりません。それが『自立』ということです。己の義務です。

                     従って、自分の人生とは『自分のもの』とならなければなりません。才谷は親元を離れて以来、『自立』を意識して生きてきましたし、成人して以来、『自分の人生』を自分らしく生きてきました。ところが『自分の人生』を『自分のもの』として生きることができない人がいることを知りましたひらめきいや、自分の人生が他人(ここではあくまで自分『以外』の人を指します)によって抑圧され、自分のものとして所有することを許されずに生きている人がいるのです。

                     悲しいかな『自分の人生』を自分らしく生きられない人というのは、他人の意思によって進むべき道を決められ、他人の評価によって(人生の)立つ位置を決められ、何一つとして自分の判断で決めさせてもらえないのです。これは大きな悲劇と言わざるを得ません。
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                    | 才谷龍太郎 | 真面目なお話編 | comments(5) | trackbacks(0) | - | - |
                    銃が創る社会
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                      こんな社会でいいのか?の巻

                       4月17日、長崎の伊藤一長市長が凶弾に倒れた銃長崎は現在市長選挙中。伊東市長は選挙活動を終えて選挙事務所に帰ったところを狙われたという。撃ったのは某暴力団組員の男性で、以前から市に対して不満があったという。

                       今回の事件で伊東市長は命を奪われ、同時に市も大きな財産を奪われたといえる。伊藤市長は、1995年の市長選で初当選。以来、広島市に次ぐ被爆地の市長として、命を懸けて平和を訴えてきた。本当に偉大な方を無くされたと思う。伊東市長の冥福を祈る。

                       なぜこのような事件が起こるのか?なぜ暴力をもって自己の主張をするのか?人の命を奪ってまで、そんなに自分の思い通りにしたいのか。怒りに堪えない怒り
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                      | 才谷龍太郎 | 真面目なお話編 | comments(4) | trackbacks(0) | - | - |
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